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全部人間が悪い

 人間と仲良くなるのが非常に苦手で、友達がいない。新しい人間と遭遇しても、「この人もどうせわたしのことを嫌いになるんだろうな」と思ってしまう。仲良くなれないことの原因としては、わたしの性格が悪い、頭が悪い、愛想が悪い、容姿が悪いなどが挙げられる。また空気を読むということが絶望的に苦手である。それらすべてを自覚していることで、対人コミュニケーションに向けての一歩が踏み出せないということも考えられる。

 つまり、人間的魅力がないことが諸悪の根源というわけである。

 

 インターネットは現代の駆け込み寺という文言を見たことがある。出典は忘れた。わたしにとってもそうで、小さい頃からインターネットに没入ていた。最近は主にSNSにおいて対人コミュニケーションまがいのことをしてなんとか人間らしさを保ってきた。しかし、インターネットは決して天国ではなく、単に形が違うだけであり本質的には現世でしかなかった。混沌であった。特に近年、1人1インターネットというか、水よりもインターネット環境が求められる時代において、駆け込み寺的性質は損なわれていっているような気がするのである。

 いわゆるまとめブログというものが人口に膾炙して久しい。古代、まとめブログは一部のインターネットユーザー、主に2chを閲覧するものにしかその存在を知られてはいなかった。掲示板を愛するものが好意や使命感によって掲示板の内容をまとめ、見やすく整理し、多くの人が快適に見られるようにしていたように記憶している。

 全てはiPhoneのせいである。今となってはそう思う。iPhoneはおそらく、スマホの爆発的普及の火付け役であった。そして完全に体感でしかないのだが、スマホの普及はTwitterの普及を招いた。はっきり言ってアフィリエイト目的のまとめブログはクソだ。そのクソが跋扈するようになったのはTwitterのせいなのではないか。

 

 友達がいないと書いたが、友達に近い人はいる。某人と一緒に出かけた時、歩き疲れて茶をしばいているときに事件は起きた。

 彼は現代の若者であり、ご多分に漏れずまとめブログを見るのが好きだ。しかもよりによってその中でも特にクソ、ゲロみたいなブログを見ている。まとめブログを見るのは個人の自由なので仕方がないが、まとめブログの話をしないでくれ、まとめブログを見て面白かったと思ってもわたしには見せないでほしいという再三の要求はもっぱら無視される。

 ゴミブログを読んでいた彼はある記事を私に見せてきた。「回避性人格障害の奴wwww」というようなスレッドを転載したブログのようだった。何が言いたいのかわかったのでもうその話は終わりにしてほしいと思った。願いは叶わず、時折内容を読み上げながら彼は笑った。これはお前だ、お前は人格障害だと言うのだ。

 まとめブログで得た浅い偏見に満ちた情報を基に悪意まみれのレッテル貼りをされる。お前は精神病だ、抑鬱だ、躁鬱だ、人格障害だ、右翼だ、ネットヤンキーだ。具体的な事実は何ら検証されず、何のためにされるのかもわからないクソみたいな診断がくだされる。うまく言語化出来ないのだが、なぜかいちいち傷ついてしまう。

 少なくとも病気かどうかは素人目に判断することではないはずだし、病気が疑わしいとしたらそれを笑うのは非倫理的なように思える。少なくとも親しい相手が精神病だとしたら、面白いだろうか。そういう無神経さに傷ついているのかもしれない。

 ただ、言う側はそこまで考えていないのだ。されたことは覚えていても、自分がしたことなんてさっさと忘れてしまう。人の痛みはわからない。そんなことわかっていても、なんとなくわだかまりが残って、それこそこんなゲロみたいなクソブログを作って垂流すはめになってしまうのであった。

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