福岡旅行記

 大学6年生まで共に過ごした友人が秋で卒業してしまうので、卒業旅行に行った。

 でもそれは後付けで、格安の旅行券があったので、一番暇しているわたしに声がかかったというのが実態である。

 復興割を利用しており、往復乗車券と2泊の宿が付いたパックで、片道新幹線代くらいのお値段。日付が限定されていて平日3日間なので、余計安くできたのだろう。

 
 最初の待ち合わせでバタバタしてしまったが、なんとか新幹線さくらに乗車した。今までのぞみ号ばっかり乗っていたので広い座席に大はしゃぎした。軽く行程の打ち合わせをしたあと、私は読書、連れは二日酔いのためすぐ寝てしまった。途中、山陽新幹線公式キャラクター「カンセンジャー」があいさつに来たので握手をしてもらった。
 新大阪から3時間ほどで小倉に到着した。まずは腹ごしらえでもしようと旦過市場へ移動し、市場内の「旦過うどん」であったかいおうどんを食べた。紅ショウガ天が爽やかで美味しい。市場周辺は古い映画館などもありレトロな雰囲気だった。鮮魚が安い。
 徒歩で小倉城へ向かう。一転して町並みはモダンなビルが多くなってゆく。小倉城は焼失したので再建。小ぶりでかわいらしいお城だった。天守がきゅっとくびれている。
 
 JRに乗り門司港へ向かう。車窓からは立ち並ぶ工場や倉庫が見える。本州から九州への物流の窓口なのだろう。
 門司港駅は古く、文化財に指定されているのだが、残念ながら工事中だった。「門司港レトロ」と呼ばれるエリアには古い建造物がいくつもある。
 それらを見る前にまず船に乗って巌流島へ向かった。関門橋が意外なほどに短く、下関と門司の地理的な近さを感じる。関門海峡は凪いでいて潮くさくもなく、風が気持ち良い。
 巌流島は、かつて宮本武蔵佐々木小次郎がタイマンを張ったという伝説の残る島である。宮本武蔵の武器は船の櫂を削ったもの、佐々木小次郎は愛刀「物干し竿」。棍棒対バカ長い刀の戦いは、海水を吸った重い棍棒の勝利であった。なんだかよくわからない対決だと思う。島内をだらだらと一周してみた。松の木が生えていて、ぽつぽつと何かしらの像があった。何もないねと言い合った。三菱重工の工場からカンカン鳴る音がずっと聞こえていた。
 門司港に戻る船は行きよりも少し大ぶりだった。甲板にずっといたら水飛沫がかかり、メガネの表面が塩で真っ白になった。
 北九州市旧門司税関内のカフェで、全く啜ることができない硬いスムージーを食べた。旧税関には密輸された偽造品や違法薬物などが展示されていた。「社会悪物品 隠匿の手口」という物々しい標示がかっこいい。偽物のロレックスや、バイアグラが置いてあった。洋書を切り抜いて拳銃を隠すという展示は映画のようだ。
 時間が遅く、他の古い建物は閉館してしまっていた。写真だけ撮り、再び小倉へ戻った。
 
 軽く何か食べようということで、一口餃子の「鉄なべ」総本店へ。出発前にテレビ番組で一口餃子を紹介していたのを見て高い期待を抱いていた。あつあつの鉄鍋にミニサイズの餃子がみっちりと並んでいる。醤油と柚子胡椒でいただく。期待を裏切らない美味しさで箸が止まらない。揚げ焼きのようにしてカリカリになった皮と野菜が多めのふんわりした具の食感がたまらないおいしさ。かんかん照りの暑さにほてった体に生ビールが沁みる。ただサイズが小さいだけでない、一口ならではの良さが十分にあるものだった。興奮のあまり、柄にもなく店頭で写真を撮ってもらった。
 北九州市と言えば「日本で最も治安が悪い街」というイメージだったが、特にそういった治安の悪い出来事には全く遭遇しなかった。偏見が過ぎたのかもしれない。
 
 高速バスに乗り、宿のある福岡市内へ向かう。
 ホテルに着いてテレビをつけると、花火大会の中継をやっていた。しかし別の番組に変えても花火の音がするなとカーテンを開けてみると、ビル群の向こう側に花火が見えた。
 夜ご飯にはイカが食べたいと主張し、川端の須崎問屋街にある小料理屋で向かった。花火のせいか店内は空いており、個室に通された。いかのお造り、馬刺し、天草大王のもも焼きを注文した。
 玄界灘で取れる新鮮な魚介類が豊富な九州でも、イカの活き造りは特に有名だろう。生きた姿のままの透き通った身が美しい。
 とここまで説明したが、今回は活き造りは食べなかった。とはいえ、甘めの刺身醤油でいただく新鮮で肉厚なお造りは、とても濃厚で柔らかくおいしかった。添えられた柚子胡椒をつけると、さらに美味しい。
 また、九州と言えば馬刺し。連れ曰く、長野と熊本では馬の肉質も異なるんだとか。実は小さいころに家族旅行で食べた桜寿司があまり口に合わず、ずっと苦手に感じていた。しかし、ここで頂いた馬刺しはあの ねちょっ とした感じがなく、馬特有のうまみがしっかり感じられて美味しかった。しょうがとみょうがを一緒に口に入れるとまた絶品である。
 天草大王もまた熊本の地鶏である。鶏のうまみがぎゅっっっと濃縮され、肉感的であった。すだちを絞り、柚子胡椒をつける。
 余談だがこの旅での食事にはほぼ毎食「柚子胡椒」と「異常に小口なネギ」が出てきた。柚子胡椒のポテンシャル、恐るべし。
 
 店を変えようということで、中州の繁華街のほうへ足を運んだ。那珂川の向こう側には巨大な看板やネオンが輝いている。霧島、やまや、ウコンの力がぴかぴかしている。ラーメン屋・一蘭のビルは上から下まで赤い提灯がびっしりと燈り、あたりにはとんこつスープのにおいが漂う。
 ぶらぶらと歩くうちに、せっかくだし屋台へ行ってみようということになった。以前、福岡在住の方に「屋台は観光客向けで、地元民は行かない」ということを聞いていた。ラーメンの屋台も多いが、そういった店は大抵別の場所に店舗を持っている。でも我々は観光客である。屋台に入れる機会なんてこのご時世そうそうないし、そんな屋台が川沿いにずらりと並んでいる様子はそれだけで楽しい。
 屋台に多いのはやはりラーメン、そしておでん、モツ、天ぷら(揚げ物のほうではなく、練り物のことを指す)など。旅行会社の看板が下がったお店は確かに観光客向けの色が強いのかもしれないが、スーツ姿の人が目立つ。そして全体的ににぎわっている。
 席の空いていた一つの屋台ののれんをくぐり、おでんと炙り明太子を注文した。おでん4種を注文したが皿にはどう見ても5種類のタネが乗っている。通常の半分に切ったものを2つ盛ることで、量的には4種、内容は5種ということになったらしい。その言葉に屋台の他のお客さんがつっこんだり笑ったり、温かい雰囲気だった。隣の席には韓国人観光客がいて、拙い英語で話したりした。
 
 軽くビールだけ頂き、再び散策をした。屋台が想像以上に楽しかったので、もう一軒行ってみようということになった。ホテル近くまで歩いてみると、ひときわ派手な屋台があった。満員のようだったが、様子を見ていると人が退店し片づけをしているところだったらしく、なんとか入ることができた。
 カウンターの奥のガラスケースには炙りのネタが並んでいる。裏には大きな寸胴鍋があり、もくもくと蒸気を発していた。当たり前だが屋台は屋外にあり、冷房などあるはずもない。暑さに思わず袖をまくり上げた。
 豊富なメニューに悩むが、まずはサザエと辛子蓮根を注文した。辛子蓮根はこれまた熊本の名物で、蓮根に辛子味噌をぎゅうぎゅうに詰めたものだ。これも以前にテレビで見たもので、かねてより食べたいと思っていた。味噌は柔らかくクリーミーで、蓮根のシャキシャキした食感と相まっておいしい。ただ、からしとわさびですぐツーンとなってしまうので、一口食べるごとにツーンとなっていた。
 こちらの屋台は本当に賑やかで、お店の方もほかのお客さんもどんどん話しかけてきてくれる。常連だけで盛り上がるのではなく、私たちのような観光客にもどんどん会話を振ってくる。内向的な性格も忘れ、こちらからも話しかけてしまうような素敵な雰囲気だった。
 大阪から来たと言うと左隣の会社員の方が同じ大学出身ということで盛り上がった。
 右隣にいらした女性は後から聞くと中州「ぢどり屋」というお店の女将だったのだが、彼女がとても親切で、色々なことを教えてくれた。
 まずいきなり、これおいしいからと豚足を取り分けてくれた。とろっとろでめちゃくちゃ美味しい。それから美味しいネタを次々に教えてくれるので、その通りに頼んだ。「サバは夏場はちょっと危ないから食べない」ということも彼女から聞いた。博多土産の「博多ポテト」もくれた(お店のお客様から頂いたらしい)。
 イワシ、トマト、殻ごとのうずら、上巻貝という二枚貝、“魚ロッケ”という魚の練り物のコロッケなど、わいわい話ながら色々と食べた。〆のラーメンは私は食べられなかったが、連れやほかの方々はみんな頼んでいた。
 後で確認したらガイドブックにも掲載されていた。若い女大将と、渋い小大将、それからお手伝いの若いベトナム人でやっている。「須崎 かじしか」という屋台で、最高なので地元民も観光の方々もぜひ行ってほしい。どれくらい最高かというと、翌日再び訪問してしまうくらい最高だ。
 
 1日目はこのように終了した。この日が一番濃かったのかもしれない。すでに3000字を超えてしまった。
 
 2日目の朝、胃もたれで目が覚める。元々胃が悪く、常に何らかの薬を飲んでいるのだが、前の晩に調子に乗って食べ過ぎたらしい。まだ食べ物が消化されていない感覚がある。
 朝ごはんにめんたい重を食べようということで、明太子料理専門店「博多めんたい重」へ向かう。きれいな店構えで、店員さんは美人揃い。残念ながら何か食べる気にはなれず、お吸い物を注文した。吸い物に明太子が沈んでいる。出汁が美味しい。一緒に出されためんたい柚子胡椒を一緒に食べるとまた美味しい。胃にやさしい一杯である。
 
 この日は大宰府へ行くことにしていたので、西鉄福岡駅へ向かう。この旅行は3日とも天気に恵まれた。その代わり、すごく暑かった。
 二日市で乗り換え太宰府駅に着く。駅舎に掲げられた「太宰府駅」の標示には梅の絵があしらわれている。
 太宰府天満宮には高校の修学旅行で行ったことがあるのだが、一つ確信したことがある。絶対に外国人観光客が増えている。
 たくさんの店が立ち並ぶ参道は海外からのツアー客でごった返していた。天満宮も同様だった。境内の赤い橋は何か謂れがあった気がしたが、覚えていなかった。今思えば橋を渡っている途中は振り返ってはいけないだとかそういった話だった気がする。調べてみたら大体そういう感じで、ちゃんと言い伝えに従うことができていたみたいで安心した。
 お参りを済ませ、御朱印をもらった。今使っている御朱印帳は、先日姫路へ行った際に書写山円教寺で買ったものだ。書いていただいている間ふと太宰府天満宮で発行している御朱印帳を見つけた。梅の花の総柄のものと、梅の枝が描かれたものの2種類あった。離れて怪訝そうな顔をしている連れを呼び、これ可愛い、良いよねとはしゃいでいたら、連れはそれを買った。最初は御朱印に興味がなかったらしい。梅の花の形をした朱印をポンと押されているのを見て購入を決意したそうだ。
 大宰府天満宮の御朱印帳は最初の2頁が空けられている。伊勢神宮に敬意を払い、一番にはお伊勢さんの御朱印を貰ってほしいということで空欄にしているそうだ。
 
 天満宮近くの光明禅寺へ行こうと参道を離れると、一気に静寂が訪れた。寺内はもっと静かで、セミの鳴き声しか聞こえない。縁側から庭を眺めていると、先ほどまでの喧騒が嘘のようだった。苔むした岩と砂利の庭である。無学なのでよくわからないが配置や砂利の模様でいろいろと表しているらしい。畳がひんやりとして気持ちよかった。
 
 有名なスターバックスへ行くため、そして梅が枝餅を食べるため、再び暑く喧しい参道へ戻った。太宰府天満宮の参道にはスターバックスのコンセプトストアがある。壁や天井に木組みが張り巡らされていてきれい。
 店員さんが気さくに話しかけてくれて、カップに「福岡にようこそ」と書いてくださった。スタバでコメントを書いてもらえるのは初めてで、うれしかった。店内は混んでいたので歩きながら飲んだ。
 かさの家の梅が枝餅も食べた。菅原道真の飛梅伝説にあやかった?大宰府の名物であり、参道には多くの店が梅が枝餅の看板を掲げている。あんこの入った焼き餅で、なんということはないがおいしい。
 
 お昼ご飯を食べようということになり、一旦天神まで戻った。その時にはもう2時をとっくに過ぎてしまい、なかなか営業しているお店が見つからない。そんな中、3時から営業するという餃子屋さんを発見した。
 博多駅まで移動し、入り組んだ道を行くとシャッターが降りた一軒のお店があった。営業開始の3時ぴったりだったので、感情を失った連れと一緒にどうしようねと言っていたら、おもむろにシャッターが上がり、「どうぞ」と中へ案内された。カウンターと畳の座敷が並ぶ、いかにも古い造りのお店である。同じ一口餃子でも、前の日に行った鉄なべとは全く違う硬派な雰囲気だ。名前は「旭軒」。
 メニューはシンプルで、焼き餃子、水餃子、手羽先、小鉢が3種類。まず焼き餃子を3人前、エビスの瓶を頼んだ。
 お皿に乗った焼き餃子にはキャベツが添えられている。美しさはないが食欲をそそるビジュアル。食べてみると、何らかの中毒性がありそうなうまみがきた。なんだかわからないけれど美味しい。鉄鍋餃子とは違うがこれもまた揚げ焼きで、ザクッとした皮だ。お腹が空いていなかったにも関わらずあっという間に食べ終わってしまい、追加で水餃子と焼き餃子を頼んだ。
 元々福岡の一口餃子は、満州から帰ってきた人らが現地の水餃子をまねて作ったものらしい。じゃあここで出る水餃子もスープに浸かった、あの水餃子かな、と想像していたら、なんだか見たこともないものがでてきた。第一印象は「え?ふやけ餃子かな?」。
 白いお皿に、ふやけているとしか言いようがない餃子がみっちりと乗っている。熱いうちに食べろとのことだったので、さっそく醤油につけて食べてみると、期待を裏切るおいしさ。先ほどの焼き餃子と同じ食べ物を別の方法で調理した、ただそれだけなのだけれど、柔らかく水を含んだ皮もまた美味しいものだった。
 
 暑さと人混みに疲れ切ってしまい一旦ホテルに戻って休んだ。
 昼寝をしていたと思ったらいつの間にか20時を過ぎており驚愕した。この日は水炊きを食べようと話していたのだが、水炊き屋は閉店が早い。
 
 なんとか間に合うお店を見つけ、呉服町まで歩いた。「濱田屋」というお店で、かなり混み合って賑やかな様子だった。
 突き出しには「酢モツ」が出された。酢モツは、モツを酢醤油で和えたもの。初めて食べた。おいしい。
 シンプルな水炊きセットを2人前頼むと、酢醤油、赤・青の柚子胡椒、例によって小口すぎるネギ、とんすい、そして小ぶりな湯呑のようなものが出てきた。ステンレスの鍋が運ばれてきて、中には白く濁った鶏ガラスープと、骨付き肉が入っている。
 仲居さんが鍋のお世話をしてくれるので、こちらは指示された通りに食べてゆく。「まず最初にスープをそのまま召し上がってください」と言われ、湯呑にスープとネギを入れていただいた。シンプルでおいしい。
 骨付き肉を酢醤油につけて食べる。この酢醤油がまた美味しい。上品で橙の香りがして、鶏のうまみを邪魔しない。
 そのあとぶつ切り・レバー・ミンチが投入される。ミンチはその場でくるくると丸められていく。私はこのミンチが気に入った。軟骨のこりこりが楽しい。
 最後にキャベツや豆腐、しらたきなどを入れてもらう。水炊きにはキャベツが合うと思う。出汁をしっとり吸いこんで、薄まった酢醤油が絡まったキャベツは絶品である。キャベツを追加で頼みたいくらいだ。
 〆に麺を注文すると、ちゃんぽんのような黄色い麺が出てきた。もう言うことがない。一軒目にして「締まった」という気持ちになってしまった。
 
 お酒だけ飲もうかということで、呉服町から中州に向かい、お店を探した。中州の繁華街のほうへ入ると、平日の夜にも関わらず夜の人たちで賑わっていた。
 夜のお店は女性が本当に綺麗だ。顔ももちろん、すらっとしていて上品な印象がある。しばらく女性らの観察をしていたら、偶然、前述の「ぢどり屋」に辿り着いた。覗いてみると、昨日屋台でお話をしたサラリーマン2人組がいらっしゃった。しかし残念ながらラストオーダー時間を過ぎてしまっていて、挨拶をしただけで終わってしまった。
 
 ひとしきりぶらついた後、繁華街を離れたところにある居酒屋に入った。 あまりにもお腹がいっぱいだったので、焼酎と明太子を頼んだ。焼酎の提供はグラスかボトルかのイメージだったが、「2合」という量のものがあったので、島美人を2合で頼んだ。安かった。明太子は福さ屋の生めんたい子である。
 
 飲み終わると、昨日の屋台に行きたいということで意見が一致し、またそこはホテルの近くでもあったので、帰りしなに「かじしか」に入った。実は前の晩に行った際は女大将さんが熱中症でダウンしていたのだが、この日は元気に屋台に立っていたので安心した。
 トマトの串、イワシ、魚ロッケを食べた。それとぶどうの串を頼み、「壱岐の島」という麦焼酎を飲んだ。隣には東北からの大学生旅行客がいて、その隣にはだいぶ出来上がったおじさんがいて、4人で話す形になった。おじさんは出来上がっているので何度も「長い人生だから」「人生いろいろあるから」と繰り返した。
 女大将さんは若干26歳の若さで屋台を切り盛りしているそうだ。博多の屋台文化を絶やしたくないという思いで立ち上げたらしい。屋台営業はいろいろ時間の制限などで大変らしい。昼間の営業外には屋台だけの駐車場に泊めているそうで、その姿も見てみたいですねと言ってみたら、悲しい風景なので見ないほうがいいと言われた。
 
 二夜続けて屋台を楽しんだ後、ドンキで焼酎を買ってホテルで飲んだ。あっという間に酔いが進んで寝てしまい、ラーメンに行く約束を果たせなくって連れとちょっと喧嘩した。朝方一人で「元祖長浜屋」へ行ったらしい。
 
 3日目、早めに寝て水も十分に飲んだおかげか、胃の調子は悪くなかった。対して、連れは完全に死んでいた。チェックアウトギリギリまでホテルで過ごし、新幹線に乗るべく博多駅へ向かった。
 博多駅の駅ビルでお土産を見て、「一幸舎」でラーメンを食べた。これで博多グルメはおおむね制覇できた。
 そして行きと同様、さくら号に乗った。あっという間に寝てしまい、気づいたらもう新大阪に着いていた。
 
 そうこうして私の福岡旅行は幕を閉じた。美味しいものたちに胃が追い付かなく悔しい気持ちはあったが、色々と楽しい旅であった。どれほど楽しかったかは、この日記が7千字を超えたことでわかっていただけるだろう。
 皆様におかれましてもぜひ福岡に訪れて、美味しいものをたくさん食べてもらいたい。そう思った。
 
追記:毎度締めが甘い日記だな。
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